2017年01月09日

縁起の見えない糸

世界中のあらゆる事物は、縁起の見えない糸でつながっている…近代の思想家のなかにもこうした思想を支持する人がいます。

心は身体と縁起の糸で結ばれ、身体はそれをとりまくすべてのものに結ばれ、踏みしめられる一歩一歩の振動は地を伝わり、口から発せられる一言ひとことが音の波となって空気のなかを運ばれていくのです。このような考え方自体もまた、世界の果ての果てまで、さらに世界を越えて宇宙にまで広がっていきます。

「風が吹けば桶屋がもうかる」式の金言はどこの国にもあります。すべての事物はたがいにエネルギーをおよぼしあっています。エネルギーは保存されるわけですから、わたしたちはどう転んでも無意味な存在ではありえないのです。

わたしの発したエネルギーも、ありとあらゆるところに計算不可能な反響をおよぼす− このことを心に置いていれば、いわゆる「深遠な」ストレス状態、いいかえれば、自分はこの世界では無意味な存在だ、と感じたことがきっかけとなっておちいる深い不安にたちむかうことができます。

こうしてはるかかなたのものとも縁起の糸で結ばれていながら、多くの人は個という艦に閉じこもり、自分のなかに潜む可能性に、頭のなかで勝手に限界をつくってしまっています。

たとえば、自分の意見なんかになんの力もないんじゃないか、と考えはじめると、やがて、けっして自分の意見を外に出さなくなり、ひいては「どうせ私には知的自尊心なんかないし、べつにそれでかまわないんだから、ほっといてよ」と自己満足の殻に引きこもることになります。この傾向がひどくなると、マスメディアが伝える世界のありさまを見聞きするにつけ、世界はコントロール不能の暴走をしているとしか感じられなくなります。

自分自身も日々歴史をつくっているということが実感できず、混乱と危険だらけの現実から自分を切りはなしにかかるのです。こうした“生き残ることだけに汲々とする心理状態”がセットされてしまうと、わたしたちはびくびくと自己防衛的になります。現実の世界の面倒ごとから身を引いてしまうのです。でも結局、現実から目をそむければそむけるほど、恐怖感とストレスはつのるばかりです。しかしもしわたしたちが、人間は心も身体も一つひとつ異なる個体ではあるけれど、それでいて、思いや行動でたがいに影響をおよぼしあうことができる個体なのだと信じるなら、わたしたちの倫理観はバランスのとれた状態をとりもどします。

自分に近しい人々がしあわせでないのなら、だれひとりとしてしあわせにはなれません。他者の幸福こそがわたしたちを前進させる力となります。わたしたちが選ぶのです。自己満足の個人主義を選び、世界は心や身体とは無関係に動いていくのだし、自分など無意味な存在だと思いこんで、びくびく殻に閉じこもって生きていくのか。
それとも世界に向けてみずからを開き、心と身体をもって世界に働きかけ、世界からの働きかけをも受け入れるバランスのよい生き方を選ぶのか。世界をあの人たちの世界ではなくわたしの世界と見ることができるようになれば、そして、世界と意識と身体とがくりひろげる複雑なドラマでは、「このわたし」も重要な役割を果たしているのだと考えられるようになれば、そのとき恐怖感は霧のように消えていきます。はずかしがりやの獣がやさしくなでてくれる手に近づいてくるように、平和と調和がそっとよりそうのです。
posted by relux at 11:41 | Comment(0) | リラクゼーション

現代人はもっとリラクゼーション

選ぶのはわたしたち自身です。一生を「高速車線」で飛ばし、ひとつの体験からそのつぎへとフルスピードで猛進して、そのあげく道の果てにあっというまにいきついてしまうか、それともスーパーハイウェイをおりて、スピードより運転技術がものをいうような静かな道路をのんびりいくのか。最後にたどりつく地点はおなじでも、どの道を通って旅を進めるかで、旅を終えるときの心と身体の状態は変わってきます。

もしかするとわたしたちは、道を選ぶということ自体を忘れてしまったのかもしれません。おおかたの人には、たぶん高速道路以外の道は見れども見えず、といったところでしょう。とはいえ、高速で飛ばす代償はあまりに高くつきます。

美しい風景、心を打つ名所旧蹟に目をとめ、足をとどめるといった、のんびりした道ならではの醍醐味は見のがされてしまいます。
リラックスの国へと至る道は、曲がり角だらけのうねうね道です。道に迷うことだってあるでしょう。でも、それも旅の楽しさ。ワクワク、ドキドキ感はいっそう高まるでしょう。

スーパーハイウェイからおりるのは、たしかにむずかしいことかもしれません。おもいきって分かれ路に入ってみても、できればやっぱり高速車線に乗りたいという、わたしたちの奥底に根を張った考え方を一掃しないかぎり、いくらもいかないうちに、気づいてみればまた元のもくあみになりかねません。

リラックスはスピード指向とは両立しません。歩みはのろく速まわりかもしれない、でもそんな旅だからこそ、最後にはおだやかな平和に満ちた国、だれもが心のなかで夢見ている地へとたどりつけるのだ。そう信じて進みましょう。
posted by relux at 11:33 | Comment(0) | リラクゼーション
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