2017年06月24日

無為自然 作為をくわだてぬ技

自発的にはなにも行為せず、問題がおのずと解決されていくのにまかせるというと、ずばり現実逃避の考え方のように受けとられるかもしれません。

しかし、これは、道教でいう“無為”無作為による行為とほぼおなじことなのです。“無為”の極意は、つぎの2つを避けることにあります。

努力のための努力をする、自然の流れにさからう、この2つともに、望んだのとは逆の結果を招き、人をいたずらにハイテンションな状態におとしいれる原因と考えられているのです。

道教でいう道(老子は宇宙の絶対的実理を「無為」、「道」、「一」と説きました)を歩むことは、からまわりしたガンバリやそこからくる緊張を放棄して、“創造的な静寂”の状態に達することを意味します。「一の偉大な像を心に浮かべるならば、世界はその者に来たる。世界は力によりて招きよせるものにあらず、流れゆくものにして、穏やかなるもの、一なるもの、その恵みを受けたるもののうちに生じ来るものなり」。『道徳経』には、このほかにも、瞑想のテーマとして恰好の警句があります。
posted by relux at 16:25 | Comment(0) | リラクゼーション
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