2017年02月17日

ストレスの正体

ストレス。どんなシーンでも使われすぎてインフレ気味の言葉です。わたしたちはおたがいに、現代社会は、どうもストレスがより多い人間の役をきそって演じたがり、また、あなたはストレスを受けている、とみとめてもらうとありがたがる傾向があります。

実際のところ、ストレス自慢にうつつをぬかすあまり、ではいったいなにがストレスの原因なのだろうとか、ストレスが自分の生き方にどう影響してくるのだろうといったことには、まるきり頭を向けようとしないのです。

ストレスの要因は、歴史とともに…変わってきたといえるでしょう。どう考えても、遠いご先祖さまたちは、交通渋滞! にそう頭を抱えこんだりはしなかったでしょうし、種類も数もどんどんふえてきています。

数々の報告によれば、労働条件が大幅に改善された一方で、現代人はより長い時間働き、職場で…そのうえ家庭生活でも…いままでにないほどのプレッシャーのなかを危なっかしく綱渡りしているということです。

近代以降、社会は、よりスピーディーに考え、より多く働き、なにごともみごとにやってのけられる能力を求めるようになっています。

文明の発展の名において、わたしたちは現代における人間の条件、ストレスと呼ばれる条件を、自分で自分に課しつづけているというわけです。

感覚器宮を通じて外界の危険をとらえると、わたしたちの肉体はすぐさま生理的な変化を起こします。ホルモンとアドレナリンの血中濃度が上昇して、脳にはより多くの血液が流れこみ、感覚がとぎすまされた状態になります。

ごく日常的なストレスであれば、身体はだいたいこんなふうな反応でストレスに対応します。ところが、もうすぐもちこたえられなくなるぞ、と身体が警告のブザーを鳴らす状態が(身体の警告ブザーは、たいてい他人とのもめごとや逃避行動の形であらわれます)長期間続き、しかも、当の本人が警告のブザーをとらえそこねていると、心身の機能不全を招くことになります。

チベット医学では、ストレスは3種類の「体液・分泌物」のバランスが乱れたことで起きるとされます。過剰に分泌された場合には、3種類のどれもが特有の症状をひきおこすというのです。

「臓腑のガスのストレス」では、筋肉がこわばります。「胆汁のストレス」イライラや怒りっぽさを招きます。「粘液のストレス」では、気分がふさぎ疲労感がひどくなります。

西欧では、こうしたチベット医学を支持する人はすくないのですが、とはいえ、体液・分泌物説はバランスというものが重要だとする点で興味深い説です。バランスを欠いた状態になると(たとえば、野心が大きすぎて家庭生活とのバランスがとれなくなるとか)、ストレスは、まさに教科書通りの結果をもたらすのですから。

ストレス・サインは、ストレスを受けている人によって、またそのストレスの要因となった個々の問題によって、きわめて異なった形をとります。
一般的には、ストレスはなんらかの苦痛となって表面化することが多いのですが、この苦痛は、わたしたちに「このままでは危ないぞ」というメッセージを送ってくれていると考えていいでしょう。
いつもなら問題にもならないようなことが、とても解決できないように思えたり、ちょっとした仕事が恐ろしくつらく思えたりすることがあります。

これもストレス・サインの一例です。疲れがちっともとれないという感じ、はっきりした原因もないのにどこかしらが痛む、あるいは突然キレてしまうといった形をとることもあります。

こうしたサインをよく知れば、ストレスを受けていることを知るのに医者はいらないというわけです。ストレスの治療にも特殊な技術はいりません。ストレスのほんとうの原因をつきとめさえすれば、最終的には自分で自分をいやすことができます。

ただし、ストレスは日々生活していくうえでの「必要」悪だとか、他人の同情を買うための、それどころか賞賛を得るための手段だとか考えて、問題をなしくずしにしてしまうのをきっぱりやめるなら、の話ですけれど。

ストレスに真っ向からたちむかうための第一歩は、ストレスは自分のライフ・スタイル、心のもち方や身の処し方の必然的な結果。自分が心身に、なにかしら生まれながらの欠陥や短所をもっているしるしではけっしてないのだ…という事実をみとめることです。

なにごとにつけてもりっばにやりこなせなければだめだ…仕事も家庭も、それからガーデニングのような趣味、休暇のすごし方、果てはリラクセーションでも。

現代社会が期待する人間像は、わたしたちにとってあまりに負担が重く、無理してこの理想像に自分を合わせようとすると、ゆったりくつろぐためにどこかに出かけよう、なにかをしようというそのこと自体が、これまたストレスの種になってしまいます。

よく「プレッシャーがあるほうがよい仕事ができる」という人がいます。アドレナリンの分泌量がふえることを考えれば、なるほどありうるな、と説得されそうになるかもしれません。たしかに、プレッシャーがおだやかに高まり、それにともなってアドリナリンの分泌量が徐々に上昇するなら、しばらくのあいだは仕事の質や量が向上することもないとはいえません。

でも、アドレナリンの分泌量があるレベルにまで達してしまうと、プレッシャーはストレスに変わり、上り坂を描いていた活動は急速に落ちこんで、ついには心身ともに完全なグロッキー状態に至ることは避けられません。

自分の限界の範囲内で拍車をかけるなら、いい結果を出せるかもしれない、でも限界を超えてまでつっぱしれば、確実にストレスが待っています。結局、わたしたちははっきりと認識するべきなのです。生きていくあいだには山ほどのストレスに出あうかもしれない、かといって生きるということの本質がストレスではないということをです。

生きていくうえでなにが自分にとって必要不可欠で、自分がどこまでならやれるのか。これをしっかり見きわめれば、考え方やエクササイズを利用して、ストレスをじょうずにコントロールすることができます。

あなた自身がはねつけるのに無理やりストレスを押しつけることなんて、だれにも、なににもできません。わたしたちはみんな、ストレスという現代の魔物を波打ちぎわで撃退する力をもっているのです。
posted by relux at 18:33 | Comment(0) | リラクゼーション
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